ワールドエンド(ベルソナ3本)より
                                      篠崎一夜       

「大体、俺がお前蹴り落としたのなんか、いつの話だ。あの時だって……」
 薄い唇が、目の前で動く。
 男にしては鮮やかな色をした、形のよい唇だ。
 止まることなく文句を捲し立てるその唇へ、荒垣は考えるより先に顔を近づけていた。
「……っ…」
 初めて、真田が息を呑む。
 唇が、重なった。
 乾いた真田の唇は、なめらかでやわらかい。見た目と同じ薄い唇へ、荒垣はすぐに舌先で触れた。
「シ……」
 荒垣の名を呼ぼうとした声ごと、口を開いて飲み込む。
 伸ばした舌先に、唇の裏側の熱っぽさと、堅い歯の感触とが浸みた。よく知った、感覚だ。
 真田の唇に初めて唇で触れたのは、もう何年も前のことだ。
 中学一年の冬に、冷え切った真田の唇を舌で確かめた。真田の体は、毎日あんなに運動していながら、いつもどこかしらひやりと冷えている。
 手で触れて、文句を垂れて、あたためてやるのが荒垣の日常だった。自己管理を徹底しているようで、実際は必要最小限しか自身に頓着しない真田の体を、彼以上に荒垣は知っている。
 初めて唇が触れた時も、真田は嫌がらなかった。荒垣がそれ以上のものを欲しがっても、同じだった。
 びっくりしたように目を見開いて、息を詰める。兄弟同然に寄り添って生きてきた荒垣を、初めて見る者のように凝視した。
 あ、とか、う、とか、思考の止まった声を上げる。澄んだ目を見開き、体を硬直させながらも、真田は荒垣の腕を掴んだ指を解かなかった。
 なにがあっても、自分からは解く日がこないと、信じてきた指だ。
 許されない、妄想としかいいようがない。
 真田は妹を火災事故で喪って以来、競走馬のように視界を狭め、強くなることだけを自らに課してきた。荒垣はそんな真田を支えることこそが、自分の使命だと心に決めた。望んだのは真田ではなく、荒垣自身だ。荒垣は、真田の寂しさにつけ込んだにすぎない。
 鼻から抜ける真田の息を、頬に感じる。後頭部の奧が、ぐらりとした。
 ぬれた熱を、自分の最も敏感な器官で味わいたいと望むのは、本能だ。
「…ぁ…」
 もっと奧へ入りたくて舌で歯列をいじると、真田の顎が動いた。は、と籠もった息が行き場もなく、荒垣の口腔へ送り込まれる。
「……ぁ、…は…っ…」
 奧へと引っ込もうとする舌を、掬うようにべろりと舐めた。強張る体が荒垣の体重に押し潰されながら、身動いで逃げようとする。
 襟首を掴んでいた腕は、いつの間にか解かれ、互いの体の間で折りたたまれていた。今度は荒垣の右手が、痩せた肩を掴んで引き寄せる。
 伸しかかっていると、真田の体はその薄さを実感させられた。
 喘ぐ胸を左手が辿り、腹部を撫でる。一秒も止まることなく、荒垣は手触りのよい真田の体を探り、撫でた。
「ふ…、…っ…、ぁ……」
 深くまで含ませた舌を動かすたび、ぴちゃ、と粘ついた音が響く。なまあたたかい唾液があふれ、荒垣は交ざり合ったそれを舌を使って啜り上げた。抵抗をあきらめ始めた真田の舌先が、ちらちらと荒垣の舌にぶつかり、びくつく。ぬるつくその感触が気持ちよくて、荒垣は大きく真田の顎を開かせ、やわらかな舌先を吸った。



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To be continued →「ワールドエンド」
(ペルソナ3本)

2006.12.27UP

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